無理

飲みながらの話

友人と飲みながら恋愛観について語っていたとき、人によって労力が違うという話になった。
当たり前といえば当たり前ではあるけれど、改めて口に出して言ってみると、なんだかやっぱり不条理さを感じた。

 

誰かと恋人同士の関係になることを恋愛における最初の到達点とするならば、この到達点に対しての立ち位置には高低差があるように思う。
容姿が良い人良くない人、性格が好かれやすい人嫌われやすい人、服装のセンスの良し悪し、財力、そして性別の違い。
そう、性差はかなり大きい。
女性の場合は、普通の容姿でそれほど難のある性格でなければ、放っておいても到達点に辿り着けることが多い。
まるで自転車で一切漕がずに坂の上から降りてくるかのように。
自分自身が恋愛に敢えてブレーキをかけてさえいなければ、自然と恋愛は発生するものだ。
相当運が悪い場合を除いて。

 

だが、男性の場合そうはいかない。
坂道の下の方から一生懸命歩いて登っていくかのように、自発的能動的に何らかのアクションを起こさなければ、恋愛に辿り着けない人のほうが圧倒的に多い。
相当優れた容姿や財力を持ち合わせている人は例外だが。
ちなみに男性の場合、「性格の良い人」はこの例外には含まれない。
容姿が普通で性格が良いだけの人はたいてい、「ただのいい人」にしかなれないのだ。
女性が自分から迫りたくなる対象にはなかなかなることは無い。
これが容姿が普通で性格が良い""女性""であるならば、当たり前のようにモテることになるが。

 

そういった事情があるため、女性の多くは日常的に恋愛を中心に据えた考え方をついしてしまいがちになるのかもしれない。
そして努力しない限り恋愛が遠い存在である男性の多くは世に蔓延する恋愛偏重の考えに対し、どこか斜に構えて見ているところがある。
この温度差はなかなか埋められるものではない。
元々これほど立ち位置や視点の落差があるからこそ、どんなに上手くいっている恋愛でも簡単に壊れてしまうのだろう。